「ユーキ、それで結局、彼女はきみの弟子になったというわけですか?」

ケイはいかにも残念そうに言った。

「そうだよ。だから彼女をいじめたり排除するようなことはしないようにね」

僕は彼にきっちりと釘を刺した。なのに、ケイはこたえようとしない。

「もし彼女をいびったり強引な手で家に帰そうとしたら、許さないよ。いいかい?」

ちょんちょんと胸をつついてやると、尊大な無表情だったものが駄々っ子のようにふくれてみせた。

「・・・・・くっ。わかりました」

僕の脅しに屈して、渋々ながら承諾してくれた。

「ハリエット嬢が恋愛の相手を探しにロンディウムに来たわけではないことについては、一応納得しました。きみの弟子になるということも、全面的に賛成をしかねることですが、認めることにします。ですが、彼女と会っているときは僕も同席させてください」

「そうして、彼女と僕を見張るってわけ?」

むっとしたようにケイが黙った。どうやら僕の言ったことは図星らしかった。

「何が心配なのかわからないけど、見学だけならかまわないよ。ただしそれで政務がおろそかになったりしたら許さないからね」

「・・・・・はい、わかりました」

悪戯坊主がしぶしぶお母さんの言うことを承知したときって、きっとこんな顔をするんだろう。

僕はやっかいで手間がかかるけど、いとしくていとしくてたまらないこの男の顔を引き寄せて、ぎゅっとしかめられた眉間の間にちゅっとくちびるを押し当てた。

「僕が愛したのは、そして愛し続けているのはきみだけだよ。分かってる?」

「・・・・・はい。あー申し訳ありませんでした。僕はまた考えなしの我がままを通してしまったのですね」

「うん。まあ、そうだね」

ようやく自分のしたことを本当に反省する気になったみたいだ。

「きみのこととなると、僕は正常な判断が下せなくなるようです」

「あは。それは言えるかも」

僕がそう言うと、ケイは情けない顔になった。どうやら僕の機嫌がちゃんとなおっていなかったことに気がついたみたいだね。

「この際だから言っておくけど、もう二度と僕たちの・・・・・その、ベッドでのあれこれを見せるような恥ずかしいまねをしたら、許さないからな」

「・・・・・すみません」

「僕が彼女を気に入っている様子だったから、搦め手から彼女を排除しようとするつもりだったんだろうけど、それって僕を怒らせるだけだからね。
もし次に何かやったら、今度こそタナタスに戻るよ!」

「それは困ります!」

って叫ぶなよ。何事かって衛兵が来るだろ。

「今回のことは重々反省しています」

「本当に?」

「きみの艶姿を他人に見せるなどとんでもないことでした。あれは僕だけの秘蔵品とするべきもので、あのような些細な仕返しにつかうなど不釣合いこの上ないことで・・・・・」

「ま、待った、待った!
・・・・・どうして話がずれるのかな?僕はああいうことは人に見せるべきじゃないって言っているんだ。究極のプライベートだよ?」

「はい、わかっています」

彼の態度が神妙すぎるけど、よこしまな内心が透け見えるようなので、僕は怒ったふりを忘れて思わず笑い出してしまった。
きっと反省していると言っているかれの頭の中では、僕の小言をやめさせて、どうやったらさっさとキスを仕掛けて押し倒せるかと考えているのが分かりきっているから。

でも、こんな子供っぽいきみを含めて好きになったんだから仕方ない、かな?

「ねえ、ケイ。僕はね、小さい頃の夢は父のような立派な戦士になりたいってことだったんだよ」

「ユーキがたくましい戦士の姿をしているというのは、想像できませんが」

突然思い出話をし始めたんで、ケイは不思議そうに言った。

「彼女を見ていて、僕は自分の小さい頃のことを思い出していたんだ。僕は儀王の館に入れられて、ほとんど外には出られなくて、わずかな慰めは小さい頃に習っていたリラだけだった。
皇太后様のお慈悲でリラを習い続けることは出来たけど、戦士としての訓練は一切させて貰えなかった。剣の使い方や弓の射かたなどをね。
きみに出会ったとき、なんて立派な戦士なんだろうと、すごく妬ましかったんだよ。本来なら僕も戦士としてきみと会ったはずなのにってね。

まあ、きみほどの手練の戦士にはなれなかっただろうけど」

「きみは戦士ですよ。剣や弓を使えなくてもね」

「そのせいで、少しは分かるんだ。やりたいことがあっても出来ない、させて貰えないっていう悔しさはね。だから彼女が一生懸命にがんばっていて、必死に方法を探そうとしている姿に共感したんだ。療法師になりたくてたまらないっていう夢を少しでも後押ししてあげたかった。ささやかなものだけど、彼女の望みを叶える力は僕の手にあるんだから」

希望を失い、望んだことは叶えられず、いつ命を絶たれるか分からなかった儀王の館での暮らし。

ケイには、分かってもらえるだろうか。したいことができないというくやしさと絶望を。このわがままな王様に。

「これからは極力大人らしく振舞うことを誓います。きみの意に染まないようなことはしませんので」

真剣な顔でそう言っているけど、そんなことをまじめに誓う方がよほど子供っぽいと思えるけどね。

「もうしわけありませんでした」

あれ?ケイの顔が少し強張っている・・・・・?

ああそうか。

僕が犠王としてヤハンに縊り殺されそうになっていたときの事まで思い出してしまったのかな?僕にとってはすでに過去のことになってはいるんだけどね。
ケイにとってはひどく痛い思い出かもしれない。僕があやうく殺されそうになっていたところをギリギリで助けてくれたのだから。そんなに重いことまで考えさせるつもりは無かったんだけど。

「だったら、ケイ。ぜひその大人のところを見せて?僕に忘れさせて。僕を満たして溺れさせて」

もうこんな話はやめて、二人だけの言葉などいらない時間にしたかったから。

確かめたくなったんだ。彼との熱い交合でお互いに愛し合っているんだってことを。

「ユーキ!」

あっという間にその手は僕の服を脱がして暴き出す。僕の中の官能を。

ケイが僕を抱きしめてきて、僕のくちびるをねだった。お互いにセックスのプレリュードとしてのキスを堪能すると、ケイの手と舌が僕を翻弄し始める。オスとしての僕を。

「愛しています」

優しいささやきとともに、ケイの手が僕のからだをくまなくまさぐっていく。

彼は僕の感じやすいところを僕よりも知っているくらいだから、すぐにからだが熱くなってきて、息が荒くなってしまう。快感の波の中にさらいこまれて、何も考えられなくなってしまうまで、あと少し。

「愛していますよ、ユーキ。これからも、いつまでも」

もう言葉で返すことは出来なくなっていた。なんとかうなずいて見せるのが精一杯。うなずけば閉じたまぶたからほろりと涙が零れ落ちた。

ああ、今夜はきっと夜が明けるまで開放してもらえないだろうなぁと、覚悟を決めた。

この偉大な戦士で、有能な王で、老練な外交家だけど、甘ったれで不器用な子供みたいなところを持っている彼を満足させるのは大変だ。

でも僕はそんな彼を愛してしまった。その代償は大喜びで支払うことにしよう。この上ない幸福感を感じながら。

僕はしっとりと汗で湿ったケイのたくましい背中を抱きしめて、彼がくれる快楽に溺れることにした。

もう考えることは何もかも放棄して、欲情の海へと沈んでいった。








ケイ、愛してるよ。














The End  






2017.1/29 UP